Fly me to the moon

飛べない天使の見る夢は


あの灰色の小鳥は今、どうしているだろう。
小さく小さく、縮こまって他人の視線に怯えていたあの子。おれを残して外へと飛び立ってしまったあの子。
グレイはこの鳥籠の中でも、おれの一番の友達だったのに。

『君はだまされてるんだ』
そう言ったのは、彼に対するほんの少しの心配と、外へ出られないおれから贈る盛大な嫌味。
もちろん、素直なグレイは気付かなかった。飼い主でしかないニンゲンの素晴らしさを伝えようと、いつものゆっくりした口調でたどたどしく、それでも言葉を尽くして語ってくれた。けれど、彼のその言葉もいつにない一生懸命な様子も、おれの苛立ちをますます掻き立るばかりだった。
だって君は出て行くじゃない。こんなところへおれを残して。

外の世界は危険だって? それでは、ここが完璧に安全だとでも言うの。
バグが大量発生? そう、いつシエロにも現れるの?
ニンゲンには有翼を虐げようとする者がいる? 有翼ではない混合種はどうなるの。彼らは保護される対象ではなく、自力で生き抜いているじゃない。

建前はこう。ここは安全な有翼保護区≪シエロ≫。美しい有翼は庇護されるべき貴重な存在。
本当は違う。ここは大きな檻の中。珍奇な有翼は研究のため捕縛する。
何もかもが嗤わせてくれる。キレイな言葉を並べたててもおれは知ってる。ニンゲンは大嘘吐きの愚か者。
だからグレイにも教えてあげた。
『ニンゲンは嘘つきだよ。それでも君は出て行くの』
なのに、あの子は迷いもしないで頷いた。きっと、その時のおれはひどい顔をしてたんだと思う。グレイがとても悲しそうな表情をしたから。
ごめんね、ごめんねグレイ。そんな顔をしないで。おれは君のそんな顔を見たくはなかった。そんな顔をさせたくはなかったんだ。
そう、本当は分かってる。これはただの嫉妬。おれは空に憧れる、籠の中の鳥だから。

・ ・ ・


「おやおや、また頑張ってるのかな?」
広すぎる有翼保護区≪シエロ≫の中を端っこを目指して黙々と歩き続けていると、見回りに来た研究員につかまってしまった。どうしてだか、いつもいつもルフトに見つかってしまう。
「ほっといて」
「そんなに≪シエロ≫の外に行きたい?」
「そうだよ! こんなトコもうウンザリなんだから!」
ついでに言うなら、いつもおれをからかってばかりのルフトにもウンザリ。しかめっ面を作ってやったのに、ルフトはニヤニヤ笑ったままで気持ちが悪い。

「でも君は天使≪エンジェル≫だ。シエロはきっと君を見逃してはくれないよ? お馬鹿さんなヴィーが逃げることは出来るかなぁ?」
「ヤダ! それでもおれは出るんだったら!」
「それに君はここから出て一人で生きていけるの? 料理も何もしたことないのに、どうするの? 外にはバグだっているよ?」
「知らないよ! 出たいものは出たいんだってば!」
そう言っておれをバカにする。ルフトはいつもこうだ。キレイな顔にイヤミな笑顔を浮かべて、口を開けば意地悪ばかり。
このニンゲンは、もう少し話し方に気をつけた方がいいと思う。せっかく、とてもキレイな空色の瞳をしているのに。もったいない。そうしたら、おれだってもっとちゃんと話だって聞くし、話をしてあげてもいいのに。

「あれもヤダ、これもヤダ。何も出来ないクセに、ヴィーはまだまだお子様だね」
これも本当は知ってる。わざわざルフトに言われなくても。
そう、このニンゲンの言うとおり。檻で生まれて檻で育って、きっと死ぬまで檻の中。シエロがおれを籠の外へ逃がすことはない。だっておれは白いから。珍しいから。ただそれだけの理由で。
それに、おれは自分が外のニンゲンより子供なのも知ってる。だってルフトは今のおれとそう変わらない年からここで働いていた。だから多分、頑張って逃げ出しても、おれが一人で生きるのはムリなんだと思う。

それでも、それでも夢見ることは止められない。何を願っても、それだけはおれの自由なんだ。
飛べない翼をぶら下げて鳥籠で生きるより、あぁ、おれは外の世界で生きたかった。グレイが羨ましくてたまらない。
白いばかりで役に立たない翼なんて要らない。ニンゲンは、おれのことを天使≪エンジェル≫なんて言うけど、空飛ぶ鳥にも地を生きるヒトにもなり損ねた、ただの混合種なのだから。

「オコサマじゃないよ! おれはもうすぐ18なんだから」
「そうだったね。お子様らしく、盛大にパーティーして祝ってあげようか。ヴィー、今年は何が欲しいのかな?」
「じゃあ、外に連れてって」
「毎年毎年、同じリクエストだね、ヴィー」
ルフトが願い通りのモノをプレゼントしてくれた事はないし、今年もダメ。分かりやすくため息なんかつかないでよ。
ルフトから移ったのか、おれまでため息が出る。どうしよう、少ない幸せも逃げてしまう。

「それでは、代わりに。食べ物は全部ヴィーの好きなものにしてあげよう」
「それだって毎年同じじゃない!」
でも、良かった。ため息で逃げてしまったと思ったけど、小さな幸せは残っていたようだ。思わずニンマリしてしまった。
「やっぱりヴィーはお子様だ。そこが可愛いんだけどね」
「ウソツキは黙ってて」
――可愛いね、ヴィート、だなんて。
ウソツキなニンゲンに褒められても嬉しくないし、男に可愛いなんて言うものじゃないはず。
だから、そんな心にも無いことを、そんな顔で言わないで。そのキレイな空色におれを映して、いつものからかう様な口調とは違って、ヴィート、って。そうやって名前を呼ばれると、おれの心臓は痛みを訴えてきてしまうから。

でも、そうだ。おれはもう18になる。ルフトの言う様なオコサマは卒業だ。だから、自分のことは自分で決める。
いつかきっと。おれは籠の外へと逃げよう。そうしてあの子に会いに行こう。いつかの意地悪を謝りに。

ルフトに抱えあげられながら決めたそれは、おれの心からの願いで、そしてオトナとしての決意だった。


end

 

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