友人に対する子供じみた独占欲と、愛する人に対するそれ。
構成する要素は同じ、獣のような飢餓感を感じるのならば。それはどちらの欲でしょうか?
それこそ、男だとか女だとか、そんな違いが芽生える前から同じ水の中で一緒に遊んできた。週に2度の習い事があれほど長く続いたのは、学校も住む町も違う親友に会えるから。小学生のガキがスイミングスクールなんてものを楽しみにする理由なんてそんなもんだ。
水面に仰向けに寝そべってぷかぷかと浮かんでる水生の顔は脱力しきって、心地よさそうに目を閉じていた。
ああ、こいつは水に身体を浸してこそ息ができる、そんな生き物だったのだ。
子供ながらに水生の生き方はヘタクソだった。なんでもないひとことに戸惑って、大事な言葉を言えなくて。窒息寸前の水生を助けに駆けつけるのは俺の役目で、俺以外にいるはずがない。……だから、俺から離れるわけがない。ずっと、そんな風に思っていた。俺だけが特別だなんて、呆れた思い込みと優越感。
「いつまでやってんだよ」
「……っうぁ! びっくりした……!! 危ないだろ……っ!」
水生の鼻をつまんで盛大に驚かしてやったのは、構って欲しかったから。俺を思い出して欲しかったからだった。
――いつか俺を置いて還ってしまう。
そんな恐れを抱いたのもその時が最初だった。案の定、水生は姿を消した。どこへ行った? 俺を置いて?
心を奪われたのは、深海のお姫様じゃない。陸の王子の方だ。
高校へ進学する直前、水生は何も言わずにスクールを辞めた。どの高校を受験したのかも聞いていない。何も聞いていない。
ケータイなんてお互い持ってなかったし、高校へ上がったらアドレス交換しよう、なんて言っていたのだから。唯一、自宅は知っていたけど、水生に一番近いのは自分だなどと自惚れていた俺から会いに行くなんて、そんな真似は出来なかった。
どうせ、1、2か月もすれば泣きついてくる。そんな馬鹿げた考えなんてさっさとかなぐり捨てて、ついでにプライドもなにもかも投げて泣きつけばよかったんだ。
結局、2か月経とうが半年経とうが、水生からの連絡は無かった。
それでも、水泳だけは続けていた。なけなしのプライドと、もしかしたら陰でこっそり見ているかもしれない水生に、みっともない姿を晒すのだけは我慢ならなかったから。
やけくそで泳ぎ続ける手負いのサメみたいに、わき目も振らず泳ぎ続けた。気がつけば水生がいなくなって1年以上がたっていて、そうなると今更、過去に縫いとめられた足は動かないし、事態は悪化する一方だ。
たとえ会いに行って何をするんだ? バカバカしい。もう水生の隣には違うやつがいるかもしれないのに。そう、例えば。小さくて可愛い、女とか。
現状を打破したのは、名前だけ所属していた水泳部の強化試合だった。
部長と顧問に拝み倒されて出向いた先には、水生がいた。相変わらず、気持よさそうな顔でのんびり、幸せそうに泳いで。
そんな、いかにも快感です、っていう顔、他人に晒すなよ。誰にも見せるな。
驚きとか、友情を裏切った怒りとかそんなものじゃなく、それはまるで恋人に対する独占欲だった。
せめてもの腹いせに、向こうから声を掛けてくるまで、こちらからは接触しない。そう腹に決めて、黙々と練習に参加していたが、いつまでたっても水生は近寄ってはこなかった。泳いでいるときは視線を感じるのに、顔を上げれば視線を逸らす。忘れられてるはずはない、温度を感じるような視線がその証拠。
後輩にはハデにいびられるわ、どんくさいミスを連発するわ。挙句の果てに、顧問に見学を申し渡させる。そのヘタクソな生き方に安心感を抱くのは俺だけでいい。重度の独占欲から来る薄暗い感情。
あぁ、もう。お前が俺を意識してるのは分かった。降参だ。我慢くらべは性に合わない。白旗を揚げよう。
「やっと、見つけた」
醜い感情を笑顔で覆って、水生に近づく。
「よ、吉井、くん……」
逃げられるなんて思うなよ? 距離を取ろうとしたって許さない。謝ったってもう遅い。欲しいものはそれじゃない。
あの頃より、もっと近くに。幼い感情に囚われたまま、一緒にオトナになればいい。
end
2010.1.28