ぼくの羽は灰色です。ぼくの目も灰色です。もちろん、ぼくの髪も同じ。
ぼくは、みにくい、みにくいアヒルの子です。
ぼくは有翼保護区≪シエロ≫で生まれました。ですが、他のみんなとは違って、きれいな色もしていないし、きれいな声でさえずることもできません。
まっ白な羽や黄色、赤、青の色鮮やかな羽の子。美しい声で鳴き、歌う子。
ぼくは彼らと同じ有翼ですが、彼らとぼくは違います。汚れたような灰色のぼくは、憐れまれても、蔑まれても、それは仕方のないことなのです。
『グレイ、外に出たらいけないよ、君はとても可愛いから、悪いやつらにつかまってしまう』
彼は言います。外は危険だと。
ぼくは彼の言うように可愛くなどありません。ですが、いくらシエロ生まれの世間知らずでも、外の危険性くらいは知っています。
外にはバグが大量発生しています。バグはヒトを食べてしまうのだそうです。ぼくは戦う術も知らないし、身を守ることもできないので、すぐに食べられてしまうでしょう。
それに、ぼくはみにくいので、外へ出ると他のヒトが迷惑かな、と思います。だから、ぼくはここから出ません。
「ねぇ、グレイ。今日はとても疲れたから、子守唄を歌って欲しいな」
彼がそう言うので、ぼくはお仕事で疲れた彼のために、みにくい声で精いっぱいDanny boyを歌ってあげました。ダニエルという彼の名前に合わせて。
ダニエルは色々な歌を教えてくれます。そして、毎日、ぼくに歌をリクエストするのです。
「やっぱり、グレイの声は癒されるね。とても心地いいアルトだ」
『あると』がどういうことを指すのか、ものを知らないぼくにはわかりませんが、彼が乞うのならいくらでも歌います。
彼のためならば、なんだってできます。ぼくにはできないことの方が多いかもしれませんが、そんな気がするのです。
「グレイ、可愛いグレイ。いつか、きっと。この大陸を出よう。ここから遠く離れたところへ行こう。安全なところで、2人で、のんびり暮らそう」
「ぼくも一緒?」
「そう、グレイも一緒。君の止まり木はわたしの腕の中、でしょう?」
ぼくの小さな羽をいじりながら、彼は言いました。くすぐったくて翼がふるえます。
ダニエルの手はとても不思議です。優しく優しく触ってくれたり、気持ちのいい意地悪をしたりするのです。
ついさっきまで、ぼくはその手で涙まで流してしまいました。悲しくなどないのですが、なぜかいつも泣いてしまうのです。
それでもその手にすがってしまうのは、ぼくがダニエルの優しさを知ってしまっているからなのでしょう。
やっぱり、ぼくは彼の与えてくれるものなら何だって大好きなのです。
なので、どこに行ってもぼくの居場所は彼のそばです。彼の腕の中はとても安全で、安心できます。
だから本当は、このままでも構わないのです。でも彼が望むのなら、それはぼくの望みなのです。
こくりとうなずくと、彼は「グレイ、好きだよ」とささやいて、額に口づけをくれました。
シエロには、『君はだまされてるんだ』と言うヒトもいました。
『ニンゲンは嘘つきだよ。それでも君は出て行くの』
あそこで一番きれいな天使≪エンジェル≫のヴィーは、そう言って苦い顔をしていました。
そして、ぼくがうなずくと、ヴィーは悲しそうな顔をしてしまいました。まっ白な彼はとてもきれいなので、彼にそんな顔をさせてしまって、ぼくまで悲しくなりました。ですが、こればかりは仕方がありません。
彼はダニエルのことを知りません。だから、ぼくは精いっぱいダニエルのすばらしさを伝えました。
ダニエルは優しいのです。ぼくのことを褒めてくれます。ぼくの歌を聴いてくれます。ぼくに口づけをくれます。
ぼくの名を呼んで、かわいいね、と。好きだよ、と。甘い言葉を贈ってくれます。
まっ白な彼はゆっくり話すぼくの言葉をじっと聞いてくれました。ヴィーは、いつもそうやってぼくの話を聞いてくれる、シエロで唯一のお友達でした。
なので、最後に見た彼の表情がくもったままだったのが、ぼくにはとても悲しいことでした。
もしも。もしも本当に、ダニエルが嘘をついていたとしても、ぼくはそれでよかったのです。
幸福な嘘もあると聞きました。最期まで嘘なら、それはそれでぼくは幸せなのです。ぼくが気付かなければ、それは嘘にもなりえません。
白くないぼくを引き取ってくれたのだから、彼は本当に、とても、とても優しいのです。
みにくいぼくはシエロには要らない子だったのです。本当ならば、『廃棄』になるはずだったのです。この生を終えているはずだったのです。
だから、それでいいのです。ぼくが信じていれば、それはぼくにとっての真実だから。
「おやすみ、わたしのグレイ。――良い夢を……」
ダニエルに頭を撫でられながら、ぼくは目を閉じました。まぶたに彼の唇を感じて、思わずほほえんでしまいます。
優しい彼が傷つくのは悲しいので、ぼくは気がつかないでおきます。よそ見をして、何かに気付いてしまったらいけません。彼の腕に閉じ込められて、彼だけを見ていればいいのです。
ぼくが終わる、最期の最後まで。
end