HACONIWAデータサービス社@喫煙所

#1st


『――監視員へ告ぐ。観察対象“ろ−09”、本日0800(まるはちまるまる)をもって制限解除。繰り返す、観察対象“ろ−09”、本日0800をもって制限解除――』


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使えない部下と共に喫煙所でニコチンを補給していると、働けと急かす社内放送が入った。
「“ろ−09”もこれまで、か……」
「不干渉、制限レベルA++にしちゃあ長く持った方じゃないんスか?」
まともに敬語も使えない新人クンは急ぐでもなく、鈍く光るオイルライターで新たな煙草に火をつける。マイセン10ミリ、オヤジ臭い趣味だ。

「まぁなぁ。にしても、こりゃレベルZだな……これから忙しくなるぞ。ったくめんどくせぇ」
イセに続き、俺も新しい煙草を咥える。マルメンブラック、かったるい眠気を飛ばすにはいい相棒だ。
メンソールなんて女くせぇ、とか言った奴は辺境へ飛ばした。しばらく戻っては来れないだろう。いい気味だな。

「Zになったら忙しくなるんスか?」
「あ? そういやお前、入社してから観察対象が制限解除になるのは初めてか」
「っス」
火を点けようとして、マッチが切れていることに気付く。ちょいちょいと手を動かして無言で催促すると、イセはライターを投げて寄越した。こいつはほんと、先輩に対する態度がなってねぇな。

「制限解除、つまりレベルZだ。つーことはだな、崩壊期が来て創造期ってたいがい決まってんだよ。どっちもお偉いさんが好きかってなさるからな、データが溢れかえってこっちはてんてこ舞いだ」
上が何を思って対象に介入してるのかなんて、末端にいる俺には分からない。だが、本社の連中があちこち弄ってくださるおかげで、俺たち監視員の仕事が増えることだけは確かだ。
溜息と共に、肺から黒い煙を吐く――あぁ、やっぱりライターじゃダメだ。硫黄だか赤燐だか知らないが、あの匂いがないと煙草を吸った気にならない。

「そんなもんなんスか。あ、そういや新人教育で習った気がしなくもないっス!」
「“ろ−09”、通称“地球´´”がお前のハジメテになるわけだ」
「ヒワイな言い方しないで下さいよ、隊長〜」
監視員になって初めて、崩壊期から創造期を通しで観察した箱庭には、他とは違う思い入れがあるものだ。俺の“い−07”は今、どうなっているだろうか。

「ま、せいぜいきばれ、新人。データは取り洩らすなよ。上にどやされんのは俺だ」
「あ、隊長〜、俺のメガネ壊れたんスよ! 新しいの買ってくださいよ! ね! YACYO社の新発売のやつ、欲しいな〜」
YACYO社とうちの研究所が共同開発したらしいんスよ、じゃねぇよ。それメガネじゃなくて双眼鏡だろ。高えよ、新人。
「バカ言え、部下に奢る金はねぇよ」

入社当初からずっと愛用している黒ぶちの眼鏡をはずし、キレイにレンズを磨く。長ぁいお付き合いの仕事道具だ、手入れはマメに、丁寧に。
そろそろ課長も観測地点の振り分けが終わった頃だろう。我が5班の観察範囲は余り広くないといいのだが。
「おら、行くぞイセ。本社のご意向をお伺いしましょうネ」

さて、クソ面倒なお仕事と参りますか。


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