No Border!


「俺、ガリガリで胸ない子よりぽっちゃりでも巨乳の子の方が好きなの。じゃ、そういうわけで。ごめんねー」

軽く言い放って去って行く。
後に残されたのはモデル体型が自慢の美人。スレンダーといえば聞こえはいいが、彼にとってはただの貧乳でしかない。
好きな者にとって、おっぱいとは夢のかたまり。苦手な者にとっては脂肪のかたまり。前者の代表とも言えるこの男、広瀬にとって、その夢と希望溢れる双丘は女の価値を決める基準だ。
たかがおっぱい、されどおっぱい。
お付き合いを申し込んできた女は、広瀬の厳しいそのボーダーをクリアしていなかった。
だから、ゴメンね。お断り。

「こっの、ろくでなし……!!」
ヒステリックな女の叫びが、麗らかな昼下がりのキャンパスに響き渡った。

▼01 広瀬―最低ラインはDカップ―


4限目の講義も終わり、学食で少し早目の夕飯をとっていた広瀬のもとに、同じように夕飯を食べに男がやって来た。
彼、三井はニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべながら、よぉ、と軽く声を掛け、広瀬の隣に腰を下ろす。
割り箸をパキリと割り、天ざる大盛に手を付けながら三井が話し始めた。

「おい、色男。お前、国際科の真理さん振ったんだって?」
どこから聞いてきたのだろうか、まだ半日も経っていないのに。
「相変わらず情報が早いなぁ。お昼に返事したばっかなのに」
「ってゆうか真理さん直々に聞いたからネ。何やってんの、お前。あんなカワイイ子に」
酷いコト言うねぇ。
だが、そう述べる口はまだ人を食ったような笑みで歪んでいる。イイネタ発見――三井の目はそう言っていた。

「え? 何って、何が」
「巨乳にしか勃たないから、とか何とか言ったんだって?」
特にナニかをした覚えは無いんだけど――そう思って尋ねると、三井はかなり脚色された、自分が言った覚えの無い、しかし言ったはずになっているセリフを教えてくれた。
いや、そこまで言ってないって。単に自分の好みを告げてお断りしただけだから。
広瀬は思う――尾ひれというものは実に恐ろしい――。だが、三井のセリフは存外、的を射ていた。

「あー、だってさぁ、ムネあってこそのオンナじゃん? だから、えっと……真理さん、だっけ? あのコはムリ」
試した事が無いため断言はできないが、本当に勃起しないわけではないだろう。だが、好き好んで相手をするかといったら別だ。盛大な尾ひれのついたそのセリフも、広瀬の確かな本音であることには違いなかった。
ただ、相手に対してちゃんと言葉は選んでいるつもりだ。三井に変な噂を流されては困ったことになりかねない。成績はともかく、三井は情報収集や拡散にかけては学部一だった。
「――でも、ちゃんとゴメンナサイだってしたから」と追加し、だから自分は悪くないと主張しておくのも忘れなかった。

「でもさぁ、お前。ほんッとにおっぱい好きよな」
「まぁネ」
「そこ、嬉しそうに肯定すんな」
語ったら長いよ? などとほざく広瀬に呆れた声で突っ込み、三井は「勿体ない、勿体ない」と繰り返した。

「あんなキレーなコ、そうそういないのになー。あーあ、真理さんもお前じゃなくて俺にしときゃよかったのに。俺ならあの美脚を飽くまで愛でてあげたのにさぁ」
類は友を呼ぶ。広瀬の友人である三井もまた、変態の一人だった。
脚が脚が、とうるさい三井を横目で見ながら、広瀬はカツ丼大盛を胃に詰め込む作業を再開した。
話に付き合っていたら冷めてしまう。特に気を使う様な仲でも無し、礼儀など不要だ。しかし、あまり遠くへ行かれても困る。
「三井……」
広瀬は呆れを含んだ声で、先程自分が振った女の脚について語る変態を現実へと呼び戻してやった。
この変態を友人と呼んでいいものか少し悩むが、こいつに言わせれば自分だって変態の一人なんだろうから、ここは譲歩して悪友とでもしておくか。

「お前こそ、とんだ脚フェチだよな」
「いや、まぁそれもあるけど。でもなー、真理さんって言ったらマジ、モデル体型のアジアンビューティーで有名だろ」
恨まれるぞぉ。
そんなこと知った事じゃない。いくら他の男に人気があっても、俺にとって貧乳は貧乳だ。無価値だ。
付き合う相手に求めるモノを満たしていない相手と付き合っても仕方がない。人生は楽しむためにある。何を好み、選んでもそれは個人の自由だ。

「貧乳のオンナとヤるくらいなら、男のがマシだって」

広瀬は言い切った。
大勢の学生がひしめく学食で。誰が聞いているかも分からないこの空間で。広瀬は口にしてしまったのだった。


linelineline


その日も代わり映えのしない淡々とした講義を終え、広瀬は久し振りに学食へ向かっていた。

ここしばらく、広瀬は社会学部の巨乳ちゃんとお付き合いをしていた。
そのため何かと忙しく、一人で油臭い学食へ行くことも無かった。女がいる間は大抵、デートを兼ねて余所で外食するか、もしくは互いの自宅で食べるのが広瀬の常だった。
だが、それも先程までの話。3限目の終わりに、その彼女から別れを切り出されてしまった。

「広瀬くんといても、何だか愛されてる気がしないんだよね。広瀬くん、あたしといても他の子を目で追っかけるし。そのくせ、会えばエッチばっかりだし。やっぱり、みんなの言う通り、広瀬くんって胸にしか興味無いロクデナシって感じ?」

大当たり。キミと付き合ったのはそのおっぱいがあったから。むしろキミじゃなくておっぱいの方と付き合ってたつもり。

選り好みさえしなければ女には不自由しない自信はある。この顔は女に受けがいい。
広瀬にとって告白されるのは日常茶飯事。お断り申し上げる事もあるが、基準さえクリアしていればオッケーだ。しかし、そのどれもこれも長続きする事はなかった。常に相手から振られて終わってしまう。
だが、それでも問題は無い。むしろその方が都合いい。
学生の内から将来を誓い合い、ゆくゆくは結婚だなんて馬鹿馬鹿しすぎる。花の命は短い。枯れる前に大いに遊んでおかなければ。
それに、手の早い広瀬は付き合った当日に既に味見を済ませていた。それで未練も無く、すっきりお別れしたのだった。

広瀬にとって残念だったのは、夕食の予定が流行りのカジュアルフレンチから、学食のから揚げ定食と薄すぎるお茶へ変更となってしまった事だけ。
最後のデセールが楽しみだったのに。季節のタルト・ドゥ・フリュイにしようか、それともガトーにしようか。あそこは和の要素も取り入れているから、確か抹茶のババロアもあったな……――そうやって昨夜からずっと悩んでいたのに、それが無くなってしまった。

さて――次の巨乳チャンは誰にすっかなぁ……。

広瀬は五十音順に並んだ携帯のアドレス帳と、胸のサイズ別に分類された頭の中のデータフォルダを検索する。
今回は谷間くっきりで露出度の高い、いわゆるギャル系の女だったが、彼女のおっぱいは最近の高性能な下着の技術で作られたモノで、実際のところはDカップそこそこだった。
騙された。年々妙な技術ばかり向上しやがって。だから次は、そうだな……とりあえずDカップ以上は欲しいな。できればアンダーは70以下で。

真剣な表情で携帯を握り締めながらも、広瀬の脳を占めているのは今後の性生活の充実についてだった。


つづく!

 

( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!

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