No Border!

 


『4限目あと、授業後に教室で待っていてください』

これはなんだ。放課後教室で、みたいな呼び出しは。
広瀬は高校時代を思い出した。そうは言ってもたったの3年前に過ぎないのだが、どこか懐かしく感じるのはメールが主流の昨今において、手紙という古風な手段で伝えられたからだろう。
可愛らしいイチゴ柄の封筒と便箋。人伝に貰ったそれは、果たし状には見えない。明らかに恋文、つまりラブレターの一種だ。
やや右上がりの癖がある小さな字。所々バランスが崩れてしまっているのは、差出人の緊張が伝わってくるようだった。
ただ問題は、その差出人が判らないことだ。乙女趣味なレターセットからも察せられるように、おそらくは女だが、名無し。

ま、いっか。待ってりゃ分かるっしょ。
気軽にそう判じて、できれば巨乳がイイなぁ、と考えながら、広瀬はのんびりとカフェラテを啜った。

▼05 Goal! …or start line?


現れた差出人は、それこそイチゴ柄の似合いそうな、とても可憐な容姿をしていた。
大きなくっきりとした瞳は、垂れた目尻に愛嬌を感じる。肌は荒れ一つなくつやつやしているし、柔らかそうな下唇はきっと柔らかく弾むだろう。小柄な体は自分の腕の中にすっぽりと納まりそうだ。
なのに……――男、なんだよなぁ……。
広瀬は何もない空間を揉むように、手をやわやわと動かしながら嘆息した。
彼の平らな胸は、その性別は男であると告げている。一度遠ざかった女運は、まだ広瀬の許へ戻って来てくれてはなかった。

広瀬は自分の15センチは下にある小さな顔をしげしげと眺め、彼の名前を記憶から漁る。
確か、三井のゼミ仲間……。その美脚はやつからAプラスを貰ってたハズ。名前は――
「――キリちゃん、だっけ?」
あやふやではあるものの、目の前の差出人に見覚えがあった。学部二年目になる頃、突如として現れたかわい子ちゃん。女が――ついでに三井も――キャアキャアと騒いでいたのを覚えている。
広瀬の問いかけに対し、桐谷はこくこくと忙しなく頭を上下させた。そして意を決したように、悲壮な表情で固く食いしばっていた口を開いた。

「広瀬くん、好きです! 繋ぎでもなんでもいいんです!」

頬を染めた桐谷の、薄桃色の唇から発せられた第一声はそれだった。

「繋ぎっていってもさぁ、俺、オンナ切れたことないよ?」
「でも、でも、今、彼女いませんよね!? もうひと月も! それに、前、言ってましたよね? 貧乳の子とやるなら男の方がマシだって」
「それはモノのたとえっていうか、ねぇ」
それよりどこで聞いたんだよ、キミ。
確かに、広瀬にとって女はおっぱいがあってなんぼ、巨乳は女としてのステータスだ。Bカップ以下など、正直に言ってしまえば男とさして変わらない。
むしろ、貧乳に女としての価値がない分、小奇麗な男の方が新鮮で面白いのではないだろうか――桐谷を見遣りながら広瀬はそんな事を思う。ゲテモノも、言葉を変えれば珍味だろう、と。
得てして珍味というものはクセになるのだが、広瀬はそれにはまだ、気付かない。

「う、うえだけなら……、おっぱいだけなら、作ってもいいんです……! Eカップくらいでいいですか!?」
「きみ、男じゃん。いいの? 親御さん泣いちゃうよ? ちなみに、EよりはFがいい」
「カムアウト済みだからイイんですっ! あ、でも、悩んだんですけど、下はとれません!! 便利なオンナでいいんです、男だけど。本当に、次の彼女ができるまで、お試しでも、お友達からでも、なんでも!」
桐谷の勢いは今にもタイへフライトしてしまいそうな程だ。それに気押されながらも、広瀬は思案した。
興味はあった。ただ単純に、大きくて柔らかな胸がある方が好みだというだけで、男だとか女だとかに捕らわれているつもりはない。
美脚フェチの友人は、脚さえ合格で顔が好みならば男も女も関係ないと嘯いていた。奴に出来て自分に出来ない事は無いだろう。
それに、目の前の彼は恋愛感情の伴ったお付き合いじゃなくても構わないと訴えている。

とりあえず――キリちゃんの顔は合格。ストライクゾーンど真ん中。おっぱいちゃんとお付き合いするまでの暇つぶしだ。彼の顔となら、付き合ってやっても構わない。
タマには宗旨変えというのも、また一興。――広瀬はその端正な顔に下品な笑みを浮かべた。

元来、広瀬は下半身で思考するやつである。ノリもアタマも、そしてムスコの管理も軽かった。
発言はともかくも、真っ直ぐに告白する桐谷の言葉を遮り、広瀬はにっこりと答えを告げた。
「とりあえず、おっぱいはなしでいいから、よろしくね」
どんな関係のお付き合いなのか、そこのところはうまく省略して。
日本語は便利だ、素晴らしい。クソややこしいだけのドイツ語なんかとはやっぱり違うねェ。桐谷に笑顔を贈ったまま、広瀬は頭の片隅で呟く。
「……!!」
桐谷は興奮で上気した頬を羞恥の朱に染め替え、大きな垂れ目を見開いた。先程、セフレでもいい、カラダだけでも差し出す等と申し出ていた人物と同一とは思えない。

――結構、イイかもしれない。
「ありがとう、ございます……っ!」
心中で漏らした広瀬に対し、桐谷は震えた声で礼を述べ、ご丁寧にも頭まで下げた。

こうして、広瀬と桐谷の関係はスタートしたのだった。


ゴール!

 

……それとも、スタートライン?

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