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Misfortune

▼前口上 ゆきちゃんの災難


25歳、厄年だった。
営業のノルマは散々だし、胃潰瘍で入院していたら顧客は後輩に盗られ、やっと取れたと思った新規の契約は相手方の倒産で立ち消え。
財布は落とすしケータイは水没。もちろん財布は戻らず、証明書の類は再発行。ケータイのデータも全部おジャン。秘蔵のエロ動画は諦めた。せめてもの救いとしては、取引先の連絡先だけはバックアップがあったことか。
その後、営業で外回りをしていたら後続車にカマ掘られて車は廃車、軽いムチウチになったうえに相手は無保険ときた。

そして本日の災難。
三年付き合った彼女に振られた。
大阪ミナミに住む彼女と、京都市内に住む俺は、平日気軽に会えるような近距離ではないが、中距離というほど離れてもいないし、お互い仕事第一で、それなりにうまくやってきたつもりだった。
しかし、三か月ぶりに会った彼女は見知らぬ男を連れてきて、妙にうるうるとした目で別れてくれとのたまったのだ。

「雅志(まさゆき)、ごめんね……」

『寂しかったの』だと? 『俺なら彼女に寂しい思いなどさせない』、はぁそうですか。 
俺が入院している間も一切見舞いに来なかったのは、誰だ。お前だろう。
そもそも付き合い当初から、自立心旺盛でサバサバした彼女はウェットな関係を嫌いだと言っていたし、男に甘えるなど笑止、といった態度だったはずだ。
それがなんだ? うっとりとした上目遣いで男を見上げ、肩を抱く間男に寄り添うようにして座っている。男に甘えている彼女は何か変なものに乗り移られているかのように人が変わっている。少なくとも三カ月前の彼女ではない。

――あぁもう好きにしてくれ。
引き留める情熱も情けなく縋る気力も、間男に対する怒りも湧いてこなかった。

「それじゃあ、もう会うこともないけど、お幸せにね」
そう言って去って行った間男と元、彼女の幸せそうな後ろ姿を見送った。腕を組む男女は、付き合っていた男に別れを言って来たとは思えないほどに軽い足取りだ。これから市内を観光でもするのだろう。

――バカバカしい。
目の前には手つかずのまま冷めたコーヒーが3つ。その1つを手に取り、普段は飲まないブラックのまま口に含む。安いファミレスのそれは、香気が抜け、酸味だけが舌に残った。

胃が、しくりと痛んだ。

line


京都の三月は、まだまだ冬が居残っている。
どんよりとした寒空はまるで俺の心象風景さながらで、繁華街に繰り出す気にもなれず、足早に自宅へと足を進めていると、いつもは気に留めることのない、薄汚れた朱の鳥居が目に入った。
桜の時期を除いて閑散とした、人気のない小さな神社。珍しい桜があるという、隠れた名所だった。確か――御衣香神社(ぎょいこうじんじゃ)、といったはずだ。
駅から自宅への途中にあるのだが、京都へ住んで三年、花見以外で訪れたことはなかった。

ふと、先日の飲み会での会話を思い出す。
俺の災難の数々を自虐ネタとして披露したところ、『そりゃあもう、平野くん、お祓いでも行った方がいいんじゃないか』と言われたのだ。笑いはとれたが、契約はてんで取れなかったけれど。
本気でお祓いになんて行こうとは思わなかったが、参拝して気休めのお守りでも買おうか、と鳥居をくぐった。

財布から適当な小銭を二、三枚取り出し、賽銭を放り込む。ラミネートされた紙に筆で書かれた参拝手順通りに、二拝二拍手一拝。
――福をくれとまでは言わない。しかしこれ以上の災難はもう沢山だ。そこのところ、よろしく頼む。
手を合わせておざなりに祈願し、幣殿を離れる。大凶の二文字が浮かんだので、お御籤は無視し、代わりにお守りを買い込んだ。
――交通安全、家内安全、健康息災、商売繁盛……。
神社の神主なのか売り場を預かっているだけの者なのかは知らないが、老齢の爺さんが怪訝な顔をして俺を見る。この男は何を考えているんだ――そう言いたげな顔だ。学業と恋愛を除いてほとんど買占め、ショルダーバッグへと突っ込んだ。

狭い境内はどこを見ても桜の木ばかりだ。葉はすっかり落ちているが、枝先には硬い蕾をつけている。
――もう半月もすれば、開花だな。
そうしたらのんびり散歩でもしよう。花見客を狙った屋台も出るだろうから、土手煮にたけのこ、栗も食べよう。ついでにカメラを持って写真を撮るのもいい。問題は休みが取れるかどうかだが、強引にでももぎ取ってしまえ。

そう心に決めて、家路を急いだ。


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ゆきちゃん(花より団子派)は営業マン。

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