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Colorful world

Fox hunting after story #01


琥珀色の瞳に映る、色鮮やかな小さな世界。

冷やかなドゥエの檻を出て、ノルトヴェステンへ――ロルフの許へ来てから半年。光を含んだ二角と向き合っての昼食を終え、いつものように暖かな窓辺に寝そべっていた。空は高く、青く澄んで、庭の芝はキラキラと陽光を反射する。
(きれいだ……)
先程食べたミニトマトも艶やかに丸く、宝石のようだった。世界はこうも色鮮やかなものであっただろうか。
ドゥエにいた頃を思い出しても、記憶は全てグレイッシュトーンだ。王のコレクションルームは目に痛い程の装飾過多であったにも拘わらず。
かといって、それより以前の記憶はただただ懐かしく、優しいセピアの想い出と化している。
(ロルフの二角と目、だな)
色彩を認識した瞬間はきっとそれだ。あの瞬間から、彼に手を取られる前から、アイの目はロルフに捕らわれていた。

「アイ」
ロルフが己の名を呼んだ。どこから呼ばれても、稲穂色の三角は彼の声を聞き逃すことは無い。睡眠と覚醒の狭間でぼんやりと過去に想いを馳せていたアイは、ふさりと尾を振って返事をした後、身体を起こして声の方を振り返った。
見れば、小さな細長い箱が差し出されていた。黒の包み紙できれいに包装され、簡単にではあるが、金の細いリボンまで掛けられている。
(似合わない……)
そんな可愛らしい物を、男らしく逞しいロルフが持っているとは、いったい何事だろうか。軍に所属する無骨な人間には、全くもって不釣り合いだった。
先程まで枕にしていたクッションの柔らかい感触 を手で楽しみながらいぶかしんでいると、ほら、という声と共に箱を押し付けられた。
「これは、おれに、か?」
ロルフの許でようやく思い出した“会話”や“質問”。心中の疑問はそのまま口をついて出るようになっていた。
「お前以外に誰がいるんだ」
呆れたような声音でそう言われ、アイは遅まきながらも、これは確かに自分へと差し出されているらしい、と認識した。

「開けないのか?」
促されて、アイは手もとの包みを開け始めた。ただの包装紙でさえツルツルとした指触りで、ビリビリと引き裂いてしまうのは惜しい。破かないように気を付けながら、恐る恐る、ゆっくりと開いていく。
黒一枚を剥がすと、その下にあったのは白い箱だ。そしてその蓋を開けると、中に入っていたのは細いベルベットのリボンだった。艶やかで光沢の美しい、深いネイビーブルーには見覚えがある。
(――ロルフの色だ……)
一見すると黒にも見える、夜の海の様な深い色合い。一目見た瞬間に、思わず見惚れてしまった色の一つだ。霧で覆われていたような、濁った世界に飛び込んできた彼の瞳。
あの日から毎日、飽きるほど目にしているが、アイは彼の瞳が好きだった。それは常に厳しい光を灯しているが、ふとした瞬間に柔らかく笑むのだ。目尻にも皺が寄って、纏っている空気すら優しくなっているような気がした。
アイはそれを見る度にどこかソワソワと落ち着かない気持ちになるのだが、それでもロルフの笑みが貴重なものであることだけは薄らと感じ取っていた。

実際、眉間の深い縦皺を見た者は多数いても、目尻の細い横皺を見た事がある者はいない。
それがアイにだけ向けられる“特別”である事を、当事者のキツネ自身はまだ知らない。そして、これから先も知る事などないだろう。それは“特別”ではなく、彼の二角とキツネにとっては“日常”なのだから。

「ありがとう、二角」
ロルフの許へ来て初めて、アイは礼を言った。一度目に差し出された時には無かった余裕が生まれていた。己の心を守る事で精いっぱいだったキツネの少年は、少しずつ、それでも確実に、自分を取り戻し始めていた。
しかし、見上げた先のロルフはというと、渋い顔をしてアイを見ている。
(何か、間違っただろうか)
いつもの分かりにくい笑顔で応えてくれるとばかり思っていた。いつも彼がやってくれるように、頭を撫でてやった方が良かっただろうか。それとも、他に何か――そこまで考えて、はたと気付いた。
(名前……?)

「――ロルフ」
言いかえると、やっとロルフの渋面は解かれた。これで合っていたらしい、と内心ほっとしたアイは、頭上に齎された大きな手の感触にミミを下げた。
細い金糸を存分に掻き回した後、ロルフは自ら乱したアイの癖の無い髪をさらりと梳いた。
「切るのは勿体無いが、そのままでは何かと動きにくいだろう?」
言いながら、ロルフはそのひと房に口付けた。アイの大きな尻尾がわさりと震え、ミミもぴくり、と反応する。切れあがった眦に朱が走った。
アイの太い尾を優しく撫で、髪に口許を埋めてニヤリと口角を上げる。アイに見えないように隠しながらも、ロルフは己の独占欲が満たされていくのを感じていた。
いつまでも待つ。だから、ゆっくりと落ちてこい。受け止める手はここにある。
固まったアイの様子とは対照的に、ロルフは柔らかな笑みを深めた。

一つに編まれた明るい金の長い髪。その先に、ひらりと揺れる深い藍。かくも甘く、柔らかい鎖に繋がれた蜂蜜色は、今日も二角の腕の中で生きるのだ。


End

 

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