SUGAR and SALT

#04 蝉の声


肌に絡みつくような鬱陶しい暑さ。鬱陶しいのはなにも暑さだけじゃなく、アパートの窓から見える木に張り付いてる蝉の声もそう。七日間だけの命を燃やし尽すぜ! とばかりに鳴き叫ぶ奴ら。あいつら、番を求めてるのかな。今、俺の側にはサトウがいないっていうのに。
「サトウ……」
は、研究室で缶詰。なんで夏休みにそんな泊まり込みで研究があるのか、猿でも単位取得可能な学部にいる俺には理解できない。理系人間の考える事ってわからない。研究ってそんなに楽しいのかな。
サトウはいなくても、ここはあいつの家。俺たちの秘密基地。愛の巣と言い換えてもいい。俺がいるべき場所は、最早物置と化した俺のアパートではなく、愛するサトウの家なのだ。
引っ越し当日にねだりまくって貰った合鍵で入りこんで、毎日毎日、ここにいます。さて、本当は何の為だろうか。多分、昼寝のため。そういうことにしておく。
目を閉じても、南向きのベランダから差し込む光で明るい。鼓膜にはジワジワうるさい蝉の声が張り付いている。それでも体力不足の俺の体は休息を求めていて、睡魔に誘われるままに、気だるいシエスタをとる事にした。

「――シオミ、シオミ」
呼ばれて起きたら、目の前にはサトウの姿。
水分補給しろとばかりに差し出された青いペットボトルを受け取って、とりあえず一口。某製薬会社の飲む点滴は熱中症になりかけた身体に浸み入った。よく冷やされたそれは多分、何も飲まず食わずでだらけている俺を見越してサトウが準備したもの。
気の利かせ方は母親以上で、お世話される方としてはこれ以上の下僕はいないわけだ。
「おかえり」
ただいまの四文字をサトウの唇が紡ぐ前に、俺の唇を重ねて塞ぐ。渇いていたのは、喉じゃなくって。
だって、四日間、四日間も放置されてたんだぞ。言葉にしなくても通じる相手に最大限に甘えて、普段は何も言わない俺だけど、そして今日も何も言うつもりはないけど、ボディランゲージは時に言葉よりも雄弁なわけで。
寂しかったと、唇で、手で、目で伝える。途中、しょうがないなぁと呟く声が聞こえたけど、それも甘ったるい睦言の一つだ。
「っん、うあ……。汗、くさっ」
「はぁ……。色気無いなぁ、シオミ。それ、お互い様……だから」
ため息ではなく、色っぽくて男くさいサトウの吐息。微妙にミントっぽいのは眠気覚ましのガムかな。近くで見たサトウの顔にはクマができてるし。
皮膚の薄い部分を甘噛みされ、とりとめのない思考を止めてサトウに集中することにした。暑さで溶けるなら、このまま二人が一緒になってしまえばいいのに。

もう一度、お帰り、から。まともな会話が再開したのは、長い夏の日も暮れきった後。蝉の声は、もう聞こえなかった。


end

 

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