Misfortune

▼第玖話 セカンドキッス


俺、平野雅志はここに宣言する。
俺にはたとえカミサマであっても、男と同衾する趣味は無い。断じて無いのだ。

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風呂に入って部屋へと戻ると、松月が敷いたのか、例の霞とやらが敷いたのかは分からないが、すでに布団が敷かれていた。
だが、その敷き方に問題があった。まるで新婚のラブラブ夫婦のようにピタリと隙間なく敷かれていたのだ。

檜で出来た贅沢な湯船に浸かって極楽気分を味わいながら、俺は松月と一室で寝るという事に対し自分に言い訳を考えていた。
ワンルームの部屋に友人が――俺にはそんな相手は存在しないが――泊まりに来た場合だとか、出張で狭っ苦しいビジネスホテルに押し込められた場合だとか、色々なパターンでそのような状況に陥る事もあるだろう。
だからそう、俺は何も恥ずかしがることなど無いのだ。たとえお化けが怖いなんていう情けない理由からでも。
そうやって必死に自分を納得させたのだが、これは駄目だ。想定の範囲外だ。

俺は無言で敷かれた布団を離した。すると、30センチ程の隙間が開いたところで、松月もまた向こう側からくっ付けてくる。
二度三度とそれを繰り返した後、俺は口を開いた。
「あの、松月サマ。離そうぜ、布団は……」
「ええやん。それに、間が開いとるとゆきちゃんも怖いやろ? 隙間に何か立っとったりするかもわからへんしな? ほら、悪いことは言わへん、くっ付けて寝よ? な?」

恐怖というものは豊かな想像力から来るものだ。そして俺はきっと、想像力というものがかなり豊かなのだ。
得意のにっこり顔で言われた言葉に恐怖心を煽られてしまった俺は、頭をフル稼働させてくっ付けた布団で寝る理由を絞り出した。
そうだ、これは修学旅行だ、合宿だ、何かの手違いでツインではなくダブルの部屋を取ってしまったのだ。だからこれも大丈夫、問題無い。
そそくさと布団をくっ付け直し、俺は右側の布団へ、松月は左側へと入って就寝したはずだった。



それが、だ。確かに別々の布団に入って眠ったはずなのに、なぜだ。なぜ同じ布団に松月がいる。
しかも、腕枕。別れた彼女にもしてやった事など皆無だというのに。
目前に迫るペリドットの瞳。松月は切れ長のそれをにっこりと細めて、おはよぉ、と呑気な挨拶をした。

「ゆきちゃんの寝顔はやっぱりええなぁ。えらい可愛かったわぁ」
チュ、という派手なリップ音を立てて唇にキスをされる。生々しいそれは、寝起きの脳を一気に覚醒へと導き、ついでにやっと被り直していた猫までもひん剥いた。

一度ならず二度までも、俺はこのカミサマに唇を奪われている。
最初の一度はノーカウントにしてやってもいい。ベソベソと泣いた情けない記憶と共に忘れてやろう。むしろ忘れたい、拭い去りたい。忘却の彼方へと飛んで行け。
しかし、目覚めてから今までのこの現実に、俺の本能は警鐘を鳴らしていた。

――危険だ、危険だ。警戒せよ、警戒せよ――

ナニに危機感を感じているのか、自分でも認めたくはない。だが、ここはその警告に従っておくべきだろう。
そして、俺が正気の内に奪われた二度目のキス、口づけ、接吻、言い方は何でもいいが、この行為に対してはきちんと拒絶を示しておかねばなるまい。
躾は粗相をしたその時に。後々に訴えても聞き入れてくれないだけでなく、済し崩しにキスをする習慣 でも作られたら困る。

「いいか、よく聞け。俺は性的嗜好において完ッ全にノーマルだ! 普通に女が好きだ! ほっそり華奢な 美人が好きだ!」
エスやエム、赤ちゃんプレイといった趣味も無ければ、ロリータコンプレックスや熟女嗜好も無い。胸はそれなりの大きさでいいし、脚や尻に執着を示すフェティシストでもない。
普通よりは少々淡泊かなというくらいで、極々平凡で健全な男であると自負している。

「ゆきちゃんは怒った顔もまた、ええなぁ」
「あぁ? ちゃんと聞いてんのかよ!!」
こちらの宣言に対し、ふざけた応えを返す松月にますます口調が荒くなる。もしかすると貞操の危機なのかもしれないのだ。言葉遣いになど構ってはいられない。

「そんな怒らんといてぇ。笑う門には福来る、やで?」
「んなことは今どうでもいいんだよ! とにかく、その――キス……、やらなんやらは、今後一切お断りだ!!」
途中、僅かに声を落としてしまったのは、口にしたくない単語だったからだ。仕方がない。

「まぁまぁ、ええやないの、挨拶の一環やんか。それに、ちゃあんと朝まで眠れたやろ? ボクのおかげやで?」
カミサマの加護でもあったというのか。それならば死ぬ前に欲しかったのだが。
「松月……」
最初 っから敬語なんて使っていなかったが、一応相手はカミサマだから、とお座成りにもサマ付けはしていたのだが、それももう止めだ、止め。

――暫くこいつとは口をきいてやらん。
力任せに敷き布団を引っぺがす。横になったままの松月がころりと転がったのを見て、ほんの少しだけスッキリした。


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ゆきちゃん、最初のクールさは何処へやら。

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