Misfortune

▼第拾壱話 ゆきちゃんの諦念


ややあって、梅じいは気を取り直したのか、「それにしても――」と語り始めた。
「高天原のアイドルは枯れてるのかとも思ってたんだけど。単に晩熟だったんだねぇ。歌や楽を好むのはともかく、庭いじりと囲碁が好きなんて。どこの隠居ジジイかと思ってたよ」
「梅じいが特殊なんちゃいますか」
松月はにっこりと笑顔を浮かべ、冷たく突き放した。だが、俺はどちらも特殊なんじゃないのかと思う。
まぁ、俺としては、松月には枯れていて欲しい。ここに引き取られた身としては、その方が何かと安心だし、ありがたい。隠居爺万歳 だ。

「いやぁ、だって美しい花は愛でないとね。もったいないでしょ。恋って素晴らしいよねぇ。僕も昔は色々したもんだよ」
「へぇ、イロイロ、ねぇ」
どうせ碌でもないことだろうよ。それに、昔と言うが、今現在もじゃないのか。
「みっちーを追っかけて飛んでったりね。そりゃあもう、伝説級の恋だってしちゃったんだから」
みっちー? 誰だそれは。
「恋人か?」
「道真公のことやろ」
訊くと、心中の疑問を読み取ったように松月が解を与えてくれた。

道真って、あれか。学問の神様のことか。そういえば、天満宮というのは菅原道真を祀っている所だったはずだ。もしかして――と思い至る。梅じいが言っているのは、歴史や古文の授業に出てきたあの飛梅伝説――。
伝説など、後世に作られたおとぎ話だとばかり思っていた。
だが、俺が死後もここに存在していたり、桜になって瞳の色が変化していたりするんだ、神様だって実在した。
現代人が忘れてしまったものはまだまだ健在で、きっと過去にはもっとたくさんの神様が人間にありがた迷惑という名のご利益を与えてたりしたのだろう。

「やだなぁ、それは昔の話だよ!」
ひらひらと手を振って梅じいが笑う。
「道真は男性だと習ったんだが。それに、梅じいも男にしか見えねぇんだけど……」
それってどうよ? 語尾を濁し、言外に問う。
男同士、しかも生きていた人間と梅の神様の二重苦な禁断ラブストーリーが伝説として語られているなんて。古文や日本史の教師が聞いたら卒倒するのではないか。

「古いね ぇ、ゆきちゃん。それに、神様に男とか女とか関係あると思う?」
――確かに。
ではやはり、俺の勘が告げた警告は正しいのではないか。
衝撃の事実を前に、俺は「ははは……」と乾いた笑いを零していた。

line


騒々しい白梅のカミサマは、「それじゃあ、僕は忙しいからね。ほんと、愛されすぎてつらいねぇ」と等とほざいて帰って行った。
薄らとした梅の香を置き土産に。

その日の晩の事。
「今夜も一緒に寝よな」
「ダメだ」
昨夜に味を占めたのだろう、松月の提案を一刀両断する。
「ん? ゆきちゃん、怖いのなおったん?」
「だってお前、どうせまたこっちの布団に潜り込むつもりだろ」
起き抜けにぶっちゅうとブチかまされたんだ、警戒もする。
それに、『神様に男とか女とか関係あると思う?』と言った梅じいのセリフは忘れていない。むしろずっと脳内をリフレインしている。それも、エコー付きで。

「ええやん。好いたもん同士、同じ布団で寝るっちゅうのは自然な事やんか」
「はぁ? 男だぞ、俺は。何寝ぼけた事言ってんだ」
目を覚ませバカ野郎。
それに、何が好いたもん同士、だ。俺はお前を好いたなど言った覚えは無い。
「死んだ後に男も女も関係あらへんて。梅じいも言うてたやんか」
「それはカミサマの話であって死んだ人間の話じゃない」
カミサマ――つまり松月にとって関係無くても俺にはあるのだ。
「古いなぁ、ゆきちゃん」
「古くて結構」
本日二度目の古い人間認定。何とでも言え。俺は古臭くて良い。

「そんな頑なにならへんでもええやん。好きやで、ゆきちゃん……」
はんなりと微笑んで、薄い唇から愛を囁く。
ウルサイ、ウルサイ。男はみんなロマンチストなんだ。思わずときめいてしまっただろう。
弱っているところにあんな慰め方をされて、甘やかされて、甘い言葉を囁かれて。――絆されてしまうだろう。

「それに、ゆきちゃん、実はボクの顔、結構好きやろ?」
グッと言葉に詰まってしまった。
あぁ、そうだとも。俺は和風美人が、大和撫子が好きなんだ。そういった意味では松月は俺の理想に近い 。
地味目な作りなのにバランスよく整った顔、切れ長の目。しっとりと落ち着いた雰囲気は月。これで女だったら文句無しにドストライクだ。

「ほんなら、ええやん」
何がいいんだ。たとえお前が俺を好きだとしても、俺はお前の顔が好きというだけだ! ――そう思っているのに、何故か言葉として口から出てくれない。

数日ですっかり着なれてしまった浴衣の帯を解かれ、ハタと我に帰った。
「待て待て待て。ちょっと待て! ヤるのか!? しかも俺が女役なのか!?」
25歳、非童貞。キスの一つや二つ、一夜の快楽やその他諸々を経験したことが無い等、聖人ぶった事は言わないが、同性との経験はどれも皆無だ。
「ん? ゆきちゃん、ボクのこと抱いてくれるん? ボクはそっちでもええねんけど」
「や、無理。無理。俺、結構保守的だから。そういうチャレンジ精神は無いから」
「せやろ? ボクに任せとき」
痛い事はせぇへん……――そう言ってまた、にっこり。
あぁ、クソッ! 俺はこいつの笑顔に弱いんだ。松月は絶対に分かっててやっている。

そうして押し切られるままに、寝床へと縺れ込んでしまったのだった。



iconicon

 

押しに弱すぎるぜ、ゆきちゃん。次回予告、朝ちゅん。

▲TOP   ▲INDEX