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Misfortune

▼第弐話 ヘッドハンティング


翌日。おそらくは、だが。

「死んでるんじゃないのかよ。ていうかなんで死んでるのに怪我したままなんだ。ボロボロのゾンビでも動くだろ、普通」
寝床に横たわったまま、動かない体へ悪態をついていると、ふふ、と笑いながら御簾をめくって袴姿の男が入ってきた。

おはよお、と語尾上がりのイントネーションで声をかけられた。
黒髪ストレートのロングなんて、女子ですら現代日本では絶滅危惧種に当たるというのに、こいつはシャンプーのCM並に奇麗な髪を腰のあたりまで伸ばしている。
その上、なかなかの美形ときた。派手すぎず、地味すぎず、絶妙なバランスで成りたっているその造作は、やや釣り気味の切れ長の目が印象的だ。女のようにぱっちりとした瞳ではない。例えるなら、そう、歌舞伎俳優のような。

――純和風の部屋に白袴の黒髪美人……。
これが女の子だったら、さぞかし素晴らしい絵になっていただろう。

「まぁ、もう身体の方は死んではるんやけどな、魂の方は生きとるからなぁ。今動けへんのは、ほら、あれや、全身打撲みたいなもんや」
「はぁ? でも普通あれだろ、死んだら三途の川渡ったり閻魔サマに会ったり石積んだりするんじゃねぇの。ま、お前は明らかに現代人には見えないけどな」
確か、自分の知る死後の世界はそんな感じだったはずだ。
ここは日本家屋風の病院であり、看護師には和装のコスプレ義務があるのか、またはこの美形が変人看護師である――と思いたいのだが。死んだとするならば、魂の全身打撲とやらが治ってから、そっちの方に行くのだろうか。

「あぁ、ゆきちゃんはな、うっとこで引き取ろ思てな。いわゆる“特例措置”どす」
「特例措置、で、引き取る?」
「そぉや。ゆきちゃん、ボクの社(やしろ)にきゃはったやろ? えらい久しぶりに仕事でもしよかと思ってな、見とったんやわぁ。したら見事に吹き飛んで、まぁ。可愛そやし、うちも人出が足りひんかったし。……それに、ええ感じやし」
「ボクの、ってことは……あの神社、お前のか」
「正確にはちびっと違うけど、まぁ、そないな感じやなぁ」

運がいいんだか、悪いんだか。事故からは守ってくれなかったくせに、あの神社が俺を引き取るという。
ということは、キレイで馴れ馴れしいこの男はカミサマか。怪しすぎる話だ。

「にしても、ゆきちゃん、あんまり驚かへんなぁ。一応、ボク、神様なんやで?」
『はい、キミ死にました!』と言われても、そうですネ、としか反応できないだろう。その上カミサマも登場とくれば衝撃がでかすぎる。

「引き取ってどうすんだよ。食わないよな?」
カミサマらしいし、まさかとは思うが、一応確かめてみる。
「ゆきちゃん、おもろいこと言わはるなぁ。そないなえげつないことしいひんて。ま、その辺はおいおい、な」

とりあずは養生しぃや、と白湯の入った湯呑を手渡される。
しばらく手に持ってぼんやりと眺めた。ざらざらとした手触りの焼物は、普段持ち慣れていないにもかかわらず、なぜか懐かしく、手に馴染む。京都のお年寄りのような訛りや、線香の匂いに湯呑。カミサマの趣味は渋いようだ。

どうでもいいことを考え、肝心な事からは目を背ける。今は、何も考えたくなかった。
はあぁ、と長い溜息を吐いて、ひと口、口に含んだ。白湯はすでに猫舌の俺でも温く感じる程に冷めていて、飲み易かった。

「はぁ、もう、いい。とりあえず寝る。昼まで起こすなよ」
「あぁ、まだしんどいでっしゃろ? ゆっくりしとってええよ」
全身にひどい筋肉痛のような痛みはあるが、昨日のように全く動けないことはない。
これは不貞寝だ。死んだなんて受け入れがたい事実を聞いて、泣きださなかっただけでも誉めて欲しいものだ。

――くそ、まだ25だぞ? 人生これからだっつうのに……。あぁ、死ぬ前に藤乃井の懐石が食いたかった……。
もぞもぞと蓑虫のように丸まると、そっと、髪を梳くように頭を撫でられた。カミサマは人の髪を触るのが好きらしい。

――守ってやれへんくて、ほんま、堪忍え……。

小さく溜息にまじって呟かれた言葉は、聞こえなかったことにした。


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『ボク』の発音は語尾上がりで。

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