昨夜は夕飯の後、約束通りに甘いものが出された。
本蕨で作ったわらび餅はスーパーで売っているものとは段違いに口触りがよく、甘くとろけるような美味さだった。
うまいうまいと大喜びで食べていると、カミサマは俺が甘党だと気付いたらしい。甘党か辛党かというよりは単に美味いものが好きなだけなので、どちらかをより好むわけではないが、甘い物が好きだということには変わりない。
『毎日、一緒におやつ食べよな』などと言って、三時のおやつタイムが決定されてしまった。
別に1人でもいいとは言ったのだが、それならおやつは無しや、と言われてしまい、おやつのため、デザートのため、仕方なく俺が折れることにしたのだった。
本日のおやつは餅だ。ただの餅ではない、小さな七輪を使って炭火で焼くのだ。なんとも風流である。
「カミサマってさ、実際ナニモノなんだよ。つか何やってんの? 仕事は? 神社に居るだけでいいのか?」
「えぇ〜、ゆきちゃん、仕事のことはええやろ、それは置いとこ、な?」
「いや、置いといてよくないだろ、その言い方だと」
「明後日までは平気や……それに、この時期うちんとこに来る人おらへんし……」
まぁ、それは確かに。桜が咲いていない時期のこの神社は、全くと言っていいほど人気がない。小さくてマイナーな、日本全国どこにでもあるような神社だ。
しかし、仕事の話を持ち出したときのカミサマの表情は、いかにも面倒くさい、と言っていた。
笑顔は笑顔でも、「そんなものどこかへ置いておくか流しておけ」というような、あまり突っ込まれたくないことを聞かれた際に思わずしてしまう顔だ。仮にも人に崇められ、祀られているカミサマがそんなことでいいのか。
「明後日は何かあんの」
「……このあたりの社に居るもんで集まりがあるんやけど……報告会ちゅうか、会議っちゅうか……まぁ、そんな感じのもんがな、週一であんねん」
「へぇ、週一で報告会ねぇ」
ほんまはゆきちゃんといたいねんけどなぁ、とカミサマがぶつくさ呟いている。
明後日はカミサマがきちんと仕事に行くか見届けよう――緑茶をすすりながら、俺はそう決定した。
日本にはまだ俺のように神頼みというやつをする人間が残っている。その誰かさんのためにも、カミサマにはきちんと仕事をしてもらわねばならない。
「あ、そういえばカミサマにも名前ってあんの?」
膨らんでいく餅を眺めながら尋ねる。今更だが、今まで聞きそびれていたのだ。
神社ごとにいるカミサマが違っていて、集まりまであるのなら、それぞれのカミサマにも名前があるだろう。
「御衣香神社を預かってます、松月(しょうげつ)どす。字はな、松の木の松に、お月さんの月やで」
カミサマは名前までお美しいものなのか。
「松月、か。さっさと名乗れよな。人のことは勝手に『ゆきちゃぁん』とか気色悪い呼び方しといてさぁ」
「せやかて、ゆきちゃん聞いてくれへんかったやんか」
あ、拗ねた。大の大人が拗ねても可愛くなどないと思っていたのだが、カミサマ――松月の拗ねた顔は意外に可愛かった。これも美形のなせる業か。
――あぁ、なんだか……
「久しぶり、だな……」
こうしてゆっくりおやつを食べることが。気の置けない友人と語らうような時間を持つことが。
どないしたん? と首をかしげる松月に、なんでもない、と首を振ってこたえる。
「松月サマはカミサマのわりに子供っぽいな、と思って」
「ええ、そんなことあらへんて、ゆきちゃんのほうがかわいいやろ」
別に可愛いと言ったつもりはない。子供っぽいと言ったのだ。
それに、俺の方が可愛いだと? 高校、大学と爽やか好青年<スポーツマン>で通っていた俺が。見た目だけなら営業マンとして100点の好青年だと言われる俺が。
しかしここで突っ込んでもあまりいいことはなさそうだ。むしろ流しておけと勘が囁いている。
話題を変えるため、再び「そういえば」と話を切り出す。
「そろそろ部屋に引きこもって寝てるのにも飽きたんだけど」
というか、暇だ。
今の俺は引きこもりニートみたいなものだ。つい先日まで仕事に追われ、ノルマに喘ぎ、襲い来る災難に苦しんでいたとは思えぬほど、時間が有り余っている。
やることが無い、という状態が結構苦痛であると、死んでから初めて知った。
「そしたら、明日あたり庭も案内したるな」
砂糖醤油で焼き餅をいただきながら、明日の予定が決定した。
続
やっとカミサマの名前が出たよ。